Title Transcription
ギジュツ キョウイク ノ シャカイテキ テツガクテキ ハイケイ
Authors
毛利 亮太郎
Abstract
アリストテレスにおける技術は「あることわりを伴える制作可能状態」であり、カントにおいては「その行為の根柢に理性をおく意思行為による生産だけ」が技術であり、マルクスにおいては、それは「自然科学的諸属性の意識的応用」であった。そしてこれら三大哲人は共に技術が、人間の能動的・目的的・意志的活動であった、それは人間の精神的全能力にかかわるものであり、頭の動きと手の動きの合一に求められた。それ故に技術は生産にかかわる全人的な活動であった。そして、この生産的実践を真の技術にするためには、人の幸福を意図し、快・不快の感情に源を有し、悟性と理性あるいは美意識に支えられた判断力を働かせることが必要であった。このように技術を手先の問題としてみないで、人間の全能力との関連においてみているのであるが、それは要するにオルテガも認めているように「人がよくあるため」のもので、それには同時に他の徳も関与するはずである。三木清は技術に要求される徳として、自己の意思を客観的なものに従へること、規律・性格・厳密と結び付いた誠実と良心、手段と目的にわたる発明と工夫、協力・共同・責任をあげている。それ故に「我々は物を作ることによって、自己を作ってゆくのである」。それを今に復活しようという意味ではないが、従弟制度はこのことをよく実現していたのである。
Publisher
鳥取大学教育学部
Content Type
Departmental Bulletin Paper
ISSN・ISBN
02878011
NCID
AN00174563
Journal Title
鳥取大学教育学部研究報告. 教育科学
Current Journal Title
The journal of the Faculty of Education. Educational science
Volume
8
Start Page
142
End Page
169
Published Date
1966-12
Text Version
None
Citation
鳥取大学教育学部研究報告. 教育科学. 1966, 8, 142-169.
Department
Faculty of Regional Sciences/Graduate School of Regional Sciences
Language
Japanese