@article{oai:repository.lib.tottori-u.ac.jp:00001651, author = {三枝, まつ}, journal = {鳥取大学学芸学部研究報告. 教育科学, The liberal arts journal. Educational science}, month = {Nov}, note = {ここに算出した農村における最低食料費案は、栄養所要量の充足と、食品選択面に極めて地域性を賦与することを基盤として作成した。と同時に、食料構成内部のバランス、すなわち、食品組織の面に筆者の理想をとり入れた。そこで、結果的には、極めて地域に即した面と、現段階では、地域に許容され難いという二面の特徴を有することとなった。このことを裏返せば、個々の食品選択面で他地域には当てはまり難く、食品組織面では一般性・普遍性の賦与を認めることであろう。しかし、これは、理論的表現で、実際面では、既述のとおり、食品の画一化されつつある現下において、食品選択面では、安価でありふれた食品ということで、殆んど問題は残らないであろう。残る問題は、総食料費の隔たりにある。この原因は、食品組織の隔たりにある。ところが食生活水準は食品組織に直結している面を多くもっている。最近は、個々の食品に分化性を賦与し、評価・測定も行われているが、先述の基盤に支えられている本案作成の立場からは、このことは二次的な問題となる。とすれば、果たして、本案が真の意味の最低水準としての分化性・社会性を充足しているかということに不安が残る。けれども、問題は次にある。分化性・社会性の満足な付与の点に幾多の疑問をもっ本案にして、なお、かつ、実態を高く引き離した食費水準であるというところに。 以上から推論すれば、農村家族は、今もって顕在的・潜在的に、また、全体的・部分的に、栄養不足ということになる。極言すれば栄養的変更と栄養不足を基盤に、ぜいたくを追及していることはないか。長い間農村家族は、収益性の低いと言われる農耕産業と、質素倹約の生活信条を背負って、生活改善には積極的ではなかったと評されてきたが、最近の社会的・経済的風潮のなかで、不均衡な形で、ぜいたくを追及する姿勢と動向がうかがわれるとすれば、それは反省すべきである。}, pages = {166--175}, title = {農村の最低食料費に関する研究}, volume = {4}, year = {1962} }